民事訴訟法[第2版]
瀬木 比呂志(著)日本評論社,2022
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那覇地裁沖縄支部裁判長として嘉手納爆音訴訟などに関与。『絶望の裁判所』の著者であり、本書は理論と実務を批判的に架橋した民事訴訟法教科書。
151頁下段[第3節 当事者に関する能力]
具体的には、沖縄の血縁団体である門中(始祖を同じくする父系の血縁集団。沖縄では、共同の墓をもつことを始めとして、門中の結束は堅い)に関する事件で、当該門中に29条による当事者能力自体は認める(最判昭和55・2・8民集34巻2号138頁)一方、私法上所有権等の主体となりえない門中自体の土地所有権に関する訴えは棄却すべきであるとした(最判昭和55・2・8判時961号69頁、判タ413号90頁)のである。
199頁中段[第2節 審判権の限界]
また、住職たる地位についても、それが請求(この事件では本堂等の明渡請求)の当否を判断するための前提問題である場合には、その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたるものであるような場合を除き、裁判所は審判権を有するとする(最判昭和55・1・11民集24巻1号1頁、百選5版1事件)。
268頁下段[第3項 訴訟行為と信義則]
もっとも、私は、民事訴訟法上の信義則の適用については、安易にこれを認めると裁判官の恣意を許すことになりがちなので(信義則は、ややもすれば無限定な概念として使われやすい)、事案上適用すべきことが明白な場合に限ってこれを認めるべきではないかと考えている。
339頁中段[第1項 証明の対象 第2 経験則]
経験則のうち一般的なものについては、常識の範囲に属す事柄であり、公知の事実(179条にいう「顕著な事実」の1つ。 第2項第7の2〔[319]〕)に準じるものとして、証明の必要はないであろう。しかし、専門的経験則については、証明の必要はないであろう。 しかし、専門的経験則については、証明の必要があり、たまたま裁判官が私的にこれを知っていても、その私知を利用して裁判をすることは、 客観的な公正さや検証可能性の観点から不適切である([298]。なお、新堂581~582頁は、鑑定人と当事者が同一であってはならないという法の趣旨)〔23条1項4号〕をも理由に挙げる。 私知の利用の禁止という趣旨は、確かに共通である)。
353頁中段[3 職務上顕著な事実]
これと異なり、裁判官が職務を離れてたまたま知りえた事実は私知といわれ、前記のとおり、裁判官は、私知に基づく裁判をしてはならないとされる。 判断の客観性が担保されず、上級審や国民がこれを客観的に検証することもできないからである(〔298〕)。
375頁上段[第1 要件事実論の問題点]
要件事実論を専門に論じる人々は、概してこれをきわめてわかりにくい特殊な言葉で語る傾向が強い(概念法学やドイツ観念論と同じ)が、 こうして整理してみると明らかなとおり、要件事実論とは、「実体法学の訴訟法学(証明責任論)への反映」であり、きわめて技術的では あるものの、特別に難しい高尚な理論というわけではない。
379頁中段[第2 要件事実論と争点整理]
実務では、むしろ、ヴェテラン裁判官は、要件事実論を、あくまでも争点整理のための1つの方法として位置付けており、むしろ、若手裁判官のほうが要件事実論の細かな 部分に拘泥しやすいともいわれる。
407頁上段[第4項 鑑定人質問]
なお、科学的な事項については、当事者が鑑定書を提出する場合も多く、私鑑定といわれる。こうした鑑定書の精度はまちまちだが、医学、自然科学等の場合には、 高いこともままあるので、十分な検討が必要でである。
434頁中段[3 インカメラ手続]
一度得た心証を切り捨てることは本当に可能かという問題を考えるならば、受訴裁判所外の裁判官にインカメラ手続きをゆだねることも考えられるが、 事案を知らない裁判官に適切な判断ができるかには疑問があり、またその負担も大きいこと、除外理由の判断のためだけにする閲読であるから、 心証としても限られ、その切り捨ても難しくないことなどから考慮されて、こうした制度になったものかと思われる(11)。
485頁中段[(3)訴訟物が先決関係にある場合]
(…既判力は、原則として、主文に包含するものに限り生じ、理由中の判断には生じない)
488頁下段[第3 既判力の作用]
私なら、まず、②既判力の作用について、消極的・積極的作用という作用形態の側面から考え、 その上で、③既判力が作用する場合には、訴訟物どうしの同一・矛盾・先決関係、あるいは前訴の訴訟物が 後訴の抗弁となっているなどの作用類型についてふれる。
489頁中段[第4 既判力の調査]
(…既判力にふれる後訴は、却下ではなく、特定の主張が許されなくなる結果棄却されることになる。この点を誤解している学生が多い)。
704頁中段[第3 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反]
経験則違反については、①高度の蓋然性のある経験則違反に限って法令違反に準じて直接上告理由になるとする考え方、②経験則違反があまりに 不合理な場合には247条の自由心証主義違反(法令違反)として上告理由になるとする考え方があるが、 高度の蓋然性があるか否かという基準は著しく不明確であり、経験則違反を法令違反と同一視することにも無理がある。②節が適切であろう(条解1613頁等)(10)。
768頁下段[第2項 外国判決の承認]
…懲罰的損害賠償一般について「見せしめ」という感情的な言葉を用いて排斥しているのは、 最高裁判決にふさわしい表現とはいいにくい(こうした表現には、懲罰的損害賠償判決の承認を認めれば、 日本にもその理論が波及してくることへの懸念があるのかもしれない)。